鍵の新たな展開

専用のソフトがいらないから、わが家にある3台のパソコンのどれを使ってもブログの更新や修正ができるので便利。
友達の家のパソコンからでも更新ができる。 ホームページを作っていたころはあまり人には知らせず、いうならば。
引きこもり的サイトだった。 一番の理由はページのデザインに対する自信のなさ。
広く公開するならば中身をもっと充実したものにしなければ格好悪い……というような自己規制の気持ちもあった。 でもブログならデザインは用意された何種類かから選ぶだけで、個性が出せない代わりにデザイン面での劣等感がなくなった。
また、プログの世界ではさほど充実していないサイトがたくさんあるので、自分も「ま、この程度でいいや」と割り切って公開することができるようになった。 ブログに変えていなければ、いまも引きこもりサイトのままだったと思う。
おかげでというか、かつては1日に数件しかなかったアクセス数が、今はコンスタントに1日300〜400件ものアクセスがある。 ホームページにつけていたカウンターではトップベージヘの累積アクセス数しかわからなかったが、「C」にはよくできたアクセス解析機能がついているのでとても便利。
時間別のアクセス件数もわかるし、記事ごとのアクセス数もランキング表示されるので、どの記事が人気があるのかが一目でわかる。 どの検索エンジンで、なんという言葉で検索をした結果自分のブログに飛んできたのかがわかるリファラー機能もあるので、自分のブログを訪れる人がどういうことに興味関心があるのかということもわかる。

そういうようなサポート面が充実しているのもブログのいいところ。 ブログには個々の記事にコメントをつけることができるが、結構おおぜいの人がコメントを寄せてくれる。
コメントが書き込まれるとそれを即メールで知らせてくれるサービスを利用しているので、すぐに返事を書くことができる。 コメントを書いてくれる人はほとんどが自分でもブログを持っているので、相手のブログにコメントを書くこともある。
面白いブログ、面白い記事を見つけたらトラックバックという双方向のリンク機能を使って、自分のブログと人のブログを結びつけることも簡単にできる。 コメントやトラックバックなどを使うことで他のブログとの連帯感というか、ブロガー同士のコミュニケーションが生まれやすい。
これもブログの大きな魅力。 C氏のコメントのなかに、ホームページを作るための専用ソフトに「結構お金を使った」というぼやきがあったが、さまざまな無料ソフトがネット上で流通しているので、それらを使えば余計な出費はしないで済む。
しかし、有料であれ無料であれ、専用ソフトを使いこなすにはそれなりの知識と習熟が必要になる。 イメージ通りのホームページが作れるようになるまでには、数日から数週間の勉強とトライ&エラーの繰り返しが必要になる。

C氏のようにイメージ通りのホームページが作れないために、せっかく作ったホームページが引きこもりになってしまうケースもままあるようだ(センスの問題もたぶんにあるとは思うが)。 ブログの場合は「知識」や「習熟」といったことはいっさい無用。
そんなものはなくても簡単お手軽に思い通りのブログを完成させることができる。 この点がやはりブログとホームページの一番大きな違いだ。
ブログは、ネット上の日誌・日記のようなものだと説明されることがよくある。 ウェブ上の記録であることを考えれば、それも当然というか、仕方がないというべきか。
実際、個人的な日々雑感を綴った日記風のブログがたくさんある。 ほとんどがそうだといってもいい。
しかし、いくらブログが簡単お手軽にはじめられるからといって、その中身が単なる日記であってはわざわざブログなど立ち上げなくてもいいように思うが、いかがなものだろうか。 日記ならば、日記帳に書いて家族の目に触れぬよう秘密の場所に隠しておけばいいのである。
日記ソフトを使ってパソコン上で作文し、「マイドキュメント」にでも保管しておけばいい。 書き綴っているのか?極私的ノンフィクションである日記のようなものをあえてネット上で公開しているのだろうか?。
理由は単純明快。 仮に本人が日記代わりに書いていると思っていたとしても、ネット上に公開したとたん日記ではなくなるからだ。
本人は日々雑感を綴っただけのつもりでも、それがネットで公開されるとひとつの情報になり、ニュースになり、評論になり、そして作品にもなる。 誰もがジャーナリストに、コラムニストに、エッセイストに、作家に、カメラマンになることができる。

これこそがブログの醍醐味なのである。 たとえば、わたしが愛読しているブログに「BLUERMUNR〇」というのがある。
副題は。 Mのかなしさは疾走する。
Mとは、ブルーグラスーミュージックの始祖とでもいうべきMのこと。 大学時代の友人で、Mを崇拝するブルーグラス狂であるI君のブログだ。
「日常座辺の備忘小文であっても、いつか自分が読み返すときのこと、万が一にも誰かに読まれることがあったときのことを考えて、素人ながら納得のできる文章をと思い、推敲を重ねた文章を書くことが楽しくなってきた」とI君。 創作の喜びに目覚めてしまったわけだ。
結果、発表の場が欲しくなり、発表の場を求めてブログを立ち上げたというしだい。 「楽器が上手く弾けるようになってくると人前で演奏してみたくなりますが、より上達してきて、その表現力をほめられて、認められることは、大きな喜びでしょう。
また、生活の彩として、確かに、人生の華やかな一面を持ちうるものだと思います。 ブログでの表現で得られる喜びが、神の喜びに近づく、また、より高い自己創造に結びつくなんてことになればなんて、……大袈裟でした」。
K大学出身のI君は、自分の文章を。 国粋に裏打ちされた硬い悪文などという。
確かにそういう一面もあるが、読んでいて背筋が伸びるような清々しさがあって、わたしは好きなのである。 ブログを内容によって分類するとしたら、I君のブログは創作系に分類することができる。
日記風に見えるブログのほとんどが実は創作系に分類することができるのである。 実感としては九割以上がこの種のものだといっていいような気がする。
創作系のブログが多いのにはそれなりの理由がある。 ブログが創作に適したツール、媒体だということだ。
わたし自身がブログに飛びついた理由もここにある。 物書きとしてのわたしは、かなり早い時期から新たな電子媒体であるホームページに着目していた。

しかし、自分のホームページを持とうという気にはなかなかなれなかった。 専門のソフトを購入し、専門知識を覚えなければはじめられないという敷居の高さがあったことが理由の一つだが、それよりもなによりも物書きの立場からするとホームページは機能的に使いづらいところがあったからだ。
ブログとの対比でいうと、ホームページは「電子紙芝居」のようなものだということができる。 一つ一つの画面が独立して存在し、画面のあちこちをクリックすると次の画面に移ったり、まったく違う画面へと飛んだりしながら、全体としてひとつの情報を形作っている。
高機能で見映えもいいが、その分だけ情報の追加、修正、削除等々の編集作業に手間がかかる。

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